カフェオイルキナ酸(CQA)の,神経細胞保護作用や学習・記憶障害の改善効果に期待される。
カフェオイルキナ酸(caffeoylquinic acid, CQA)は、コーヒー豆から初めて単離された成分である。
コーヒー豆の他に、サツマイモ、プロポリス、野菜などに多く含まれていることが知られている。
コーヒー酸のカルボキシル基がキナ酸のヒドロキシル基とエステル結合した構造をもつ化合物であるCQAには,カフェオイル基の数や位置に応じて,5-CQA(クロロゲン酸),3,4-di-CQA,3,5-di-CQA, 4,5-di-CQA, 3,4,5-tri-CQAなどのCQA類縁体が存在する。
その生理活性作用としては、抗酸化,抗腫瘍,抗高血糖,抗炎症などが挙げられる。
本稿では、筆者らが見いだしたCQAの新しい生理活性作用,神経細胞保護作用や老化促進モデルマウス(senescence-accelerated prone 8 mouse ; SAM-P8)の学習・記憶障害の改善効果に期待される。
アルツハイマー型認知症ではアミロイドβタンパク質(Aβ)が神経細胞に沈着し、神経細胞に傷害をきたす。
特に,Aβはグルタミン酸神経系であるNMDA(N-me-thyl-d-aspartate)受容体のかく乱を誘導し、学習・記憶に深く関与する長期増強(long term potentiation ;LTP)の形成を抑制することから、アルツハイマー症の特徴である学習・記憶能力低下は,AβによるLTP形成の抑制に起因すると考えられている。
さらに、神経細胞におけるAβの影響として、ミトコンドリア傷害を含むエネルギー代謝への阻害による神経細胞の傷害誘導が挙げられる。
神経細胞のエネルギー代謝促進物質によるアルツハイマー症の予防・改善が期待されるが、研究はほとんど進んでいないのも事実であり
筆者らは,CQAが神経細胞のエネルギー代謝を促進することを見いだし,この作用とアルツハイマー型認知症との関係を明らかにするため、in vitro(試験管内)では神経細胞保護、in vivo(生体内)では学習・記憶への影響を調べた。
in vitroレベルではヒト神経芽細胞腫を用いて、Aβによって誘発される神経細胞傷害に対するCQAの効果を調べ、CQAが神経細胞保護作用を有することを見いだした。
さらに、CQA処理が神経細胞の解糖系酵素の発現を増加させ、細胞内のATP産生を促進することを明らかにした。
以上の結果から、CQAによる神経細胞保護作用は解糖系酵素の活性化による神経細胞のエネルギー代謝促進によると考えられる。
In vivoレベルでは、老化促進モデルマウスであるSAM-P8マウスを用いて、アルツハイマー症の特徴である学習・記憶能力低下に対するCQAの効果を調べた。
SAM-P8マウスは早期からAβが脳内に増加・沈着し、学習・記憶障害をひき起こすことが知られている。
学習・記憶障害抑制および改善効果をモリス水迷路実験で調べたところ、非投与群と比べてCQAを30日間経口投与したSAM-P8マウスにおいて著しい学習・記憶障害の改善効果が見られたと報告している。
さらに、モリス水迷路実験後のSAM-P8マウスの脳を調べたところ、非投与群と比べてCQAを経口投与したSAM-P8マウス群において解糖系酵素の遺伝子発現が著しく増加していた。
これらの事実は、CQA投与によってマウスの脳の解糖系酵素が活性化され、神経細胞の保護を誘導し、その後、学習・記憶に深く関与するLTPの形成障害を抑制することによって、老化による学習・記憶障害が改善されたことを示すものと考えられる。
しかし、アルツハイマー型認知症における学習・記憶障害にはNMDA型グルタミン酸受容体チャネルも深く関与しており、今後、神経細胞や脳の海馬を対象にCQAの過度なグルタミン酸による神経細胞保護作用を確認する必要がある。
さらに、CQAのNMDA型グルタミン酸受容体に対する作用やシナプス可塑性障害に対する作用を明らかにすることが求められる。
筆者らは,各種類縁化合物や誘導体を用いた構造活性相関研究から、ヒト由来神経芽細胞腫でのATP産生促進活性において、
- カフェオイル基の結合数が増加するほど活性が強くなること。
- 1位ではなく,3, 4, または5位にカフェオイル基が結合した化合物のほうが強い活性を示すことを見いだしている。
今後はこれらの知見をもとに、各食品サンプルにおける抽出エキス間での活性比較や、これらの化合物をより効率的に生産する品種の開発、および抽出法を確立することで予防を目的とした機能性食品開発に貢献できるものと考えられる。
コーヒー豆の新たな選択的、活用法は大いに期待でき、様々な製品化に向けた研究開発へ取り組む。
オーカーに含まれる成分であり、本研究の主成分CQAが老化に伴うエネルギー代謝の低下を抑制し,神経細胞の保護作用を誘導することが見いだされた。
さらに、老化モデルマウスにおいてもアルツハイマー症の特徴である学習・記憶障害を抑制することが示されたことから、CQAのこの新しい生理活性作用が今後,高齢化社会のQOL(Quality of Life)向上に貢献することを期待したい。
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参考文献
1) J. Han, Y. Miyamae, H. Shigemori & H. Isoda : Neuro-science, 169, 1039(2010).
2) Y. Miyamae, M. Kurisu, J. Han, H. Isoda & H. Shige[1]mori : Chem. Pharm. Bull., 52, 502(2011).
(韓 畯奎*1,宮前友策*1, 2,繁森英幸*1,礒田博子*1,*1筑波大学大学院生命環境科学研究科,*2京都大学大学院生命科学研究科)